実は難しい、哲学みたいなものなんですけど、お金って追いかけると、逃げていくんですよ。
お金を意識してしまうあまり、なんか貯まらないなみたいな。
そうじゃなくても、浪費癖があったり、しっかりコツコツ貯金している人はいますけど。
意識の問題かもしれません。
しかし、競馬って結局は当たったらいいな、増えたらいいな。と欲が出ることが多い。
金銭が絡んでいる以上、避けられない部分ではあります。
実際、お金掛けなくても楽しめるわけですからね。
というわけで、AIと一緒にこのことについて考えてきました。
競馬って、稼ごうとすると稼げない。
いや、もちろん競馬でお金を増やしたいから馬券を買うわけで、稼ごうとすること自体が悪いわけではない。
ただ、競馬を長く楽しんでいると、こんなことを思う瞬間がある。
お金に欲を出せば出すほど、お金が逃げていくのではないか。
今回は、競馬とお金、そして人間の欲望について考えてみたい。
目次
競馬で負けると、取り返したくなる
例えば、日曜日のメインレース。
時間をかけて出走馬を調べ、過去の成績を確認し、展開を予想する。これなら勝てるかもしれない。そう思って馬券を買う。
しかし、結果はハズレ。
ここで素直に終われればいいのだが、問題はそのあとだ。
「次のレースで取り返そう」
「今日はまだ負けているから、もう少し買おう」
「この馬なら絶対に来るはずだ」
最初は冷静に予想していたはずなのに、いつの間にか負けたお金を取り戻すことが目的になっている。
本来なら買わないレースにも手を出し、いつもより大きな金額を賭けてしまう。
そして、また負ける。
もちろん、すべての人がこうなるわけではない。しかし、負けを取り返そうとして賭け続けたり、賭け金を増やしたりする行動は、ギャンブル研究でも「損失追跡」として扱われている。
つまり、負けた悔しさが、次の判断に影響してしまうことがあるのだ。
競馬で怖いのは、馬の能力を見誤ることだけではない。
自分の感情を、予想の一部だと勘違いしてしまうことなのかもしれない。
お金が欲しいと思うほど、視野が狭くなる
お金が欲しい。
これは、ごく自然な感情だと思う。
生活を豊かにしたい。好きなことに使いたい。家族のためにお金を残したい。将来への不安を減らしたい。
お金があれば、できることは増える。
だからこそ、競馬でお金を増やしたいと考えること自体は、決して不思議なことではない。
ただ、お金への欲望が強くなりすぎると、見える景色が変わってくる。
例えば、普段なら冷静に評価できる馬でも、「この馬が来れば大きく儲かる」という理由だけで魅力的に見えてしまう。
反対に、堅実な予想をしても配当が安いという理由で買わなくなる。
いつの間にか、馬の能力やレース展開よりも、自分がいくら儲かるかを優先している。
これでは、競馬を分析しているようで、実際には自分の欲望に都合のいい答えを探しているだけかもしれない。
もちろん、高配当を狙うことが悪いわけではない。
大切なのは、なぜその馬券を買うのか、自分で説明できることだと思う。
予想に根拠があるのか。それとも、お金が欲しいという気持ちが先走っているのか。
この違いは、思っている以上に大きい。
欲を捨てるのではなく、欲に振り回されない
では、競馬でお金を増やしたいなら、欲を捨てればいいのだろうか。
私は、そうではないと思う。
人間である以上、勝ちたい気持ちはある。
自分の予想が的中すればうれしいし、人気薄の馬を見抜いて高配当を手にできれば、もっと気持ちがいい。
その感情まで否定する必要はない。
ただし、勝ちたい気持ちと、勝たなければならないという思い込みは違う。
「当たったらうれしい」と「今日、絶対に勝たなければならない」では、馬券を買うときの心理がまるで違う。
後者になると、負けることを受け入れられなくなる。
そして、負けを受け入れられないから、次のレースに期待を託してしまう。
だからこそ、競馬を楽しむためには、自分の中にルールを持っておきたい。
- 馬券に使う金額は、あらかじめ決めておく。
- 負けたからといって、賭け金を増やさない。
- 自信のないレースは、無理に買わない。
- 生活費や必要な貯蓄には手をつけない。
- 予算を使い切ったら、その日は終了する。
どれも当たり前のことかもしれない。
しかし、当たり前のことを守るのが難しいのも、また人間なのだ。
欲をなくす必要はない。欲が生まれたときに、その欲に従うかどうかを自分で決められることが大切なのだと思う。
競馬は、お金との付き合い方を教えてくれる
競馬には、さまざまな楽しみ方がある。
好きな馬を応援する。血統を研究する。展開を読む。騎手の判断を考える。自分の予想と実際の結果を比べる。
そこには、知れば知るほど面白くなる世界が広がっている。
一方で、競馬の結果は思いどおりにならない。
どれほど考えても、予想が外れることはある。自信があっても負けることはある。反対に、深く考えずに買った馬券が当たることだってある。
だからこそ、目先の結果だけで自分の判断を評価するのは難しい。
当たったからといって、毎回優れた判断をしたとは限らない。外れたからといって、すべての予想が間違っていたとも限らない。
大切なのは、結果に一喜一憂するだけでなく、自分がどんな理由で馬券を買ったのかを振り返ることだろう。
そして、もうひとつ。
競馬で負けたとしても、それを取り返すために次のレースを買う必要はない。
今日は負けた。それで終わり。
その判断ができることも、競馬と長く付き合うための大切な力だと思う。
お金を追いかけるのではなく、馬を見つめる
結局のところ、競馬で稼ごうとすると稼げない、というのは少し極端な表現かもしれない。
実際には、予想を研究し、資金管理を徹底し、長期的な収支を検証することにも意味はある。ただし、それを続ければ必ず利益が出るという保証はない。
だからこそ、最初に考えるべきなのは、どうやって大金を手にするかだけではないはずだ。
自分はなぜ競馬が好きなのか。
馬が好きだからなのか。予想を組み立てるのが好きだからなのか。それとも、お金が増える瞬間だけを求めているのか。
どれが正解というわけでもない。
ただ、自分が何を求めているのかを知ることは、競馬との付き合い方を考えるうえで大切だと思う。
お金が欲しいという気持ちは、なくならないかもしれない。
それでも、お金のことばかり考えて、競馬そのものの面白さを見失ってしまうのは、少しもったいない。
馬の個性を見つける。レースの流れを想像する。自分なりの答えを出す。そして、結果を受け止める。
そんな時間を楽しめるなら、競馬との付き合い方も変わってくるのではないだろうか。
「お金を追いかけるのではなく、馬を見つめる」
欲望に振り回されず、自分の頭で考え、自分で決める。
競馬に限らず、お金と付き合ううえで、忘れずにいたい考え方である。
以上。
そこまでいけるか?という話になってきます。
いけるか?いけないか?いくところまでいくよ。というのが
僕の結論です。
無我の境地。馬を見つめ。
ひたすらに馬券を買う。
上を目指して。
